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平成の終わりに 

 平成が終わります。
私は昭和生まれなので、また一つ、昭和は遠くなりにけり、の思いです。

 誰もが手軽にインターネットを使えるようになった平成の時代ですが、私のネット人生は「魔法先生ネギま!」とともにありました。
今も存在はしているファンサイトネギま!普及推進委員会は私の夢の跡です。
開設は2003年3月6日で、連載2話目の掲載翌日。
たしか、連載の初回掲載日が大学受験が終わった翌日で、連載始まる前の予告段階から「ネギま!のファンサイトを開設する」ことは決めていました。
意味不明ですが何せ、普及推進をうたってるわけですから、ラブひなが連載直後からブレイクしたことを考えると、普及してからでは意味ないわけで。

 で、時間がたっぷりあった大学生活の中の少なくない時間を、ネギま!に注ぎました。
具体的には、漫画を読みたくなる感想を毎週書くのが主で、ほかには用語集をつくったり、イラストも描いていました。
自分に何ができるか、何なら戦えるかを見極めるためにやっていた部分もあります。

 連載始まってすぐは静かだった界隈も、すぐに騒がしくなってきました。
当時は赤松先生の公式サイトにファンが書き込める掲示板があり、ラブひな時代まではネット上のファンが集まるのはそこか、赤松総研だったと記憶しているのですが、ネギま!では個人のファンサイトや交流サイトがたくさん生まれ、そっちで交流する人が多くなったように思います。
そうなると、ぶっちゃけた話、感想を書くなどサイトを更新するよりも同士と交流してる方が楽しくなってくるのですよね。
徐々に更新ペースを維持するのが難しくなっていきました。

 印象深いのは、同人誌に参加したことです。
「速攻ネギま!」というファンサイトを運営していたまやさんが音頭を取り、ネギま!ネットワーク(NNW)という名前の同人誌を3冊刊行しました。
私もコラム?のようなものを書きました。
コミケに合わせて出したのですが、コミケ前にまやさんが秋葉原の近くにウィークリーマンションを借りて、プチ合宿をやったのですよね。
その時に、執筆者の一人のGENさんが、逆襲のシャアの映画の中で流れたセリフを全て暗唱していたのが衝撃的でした。
世界は広いなって。
後に自分で一度同人誌をつくったのですが、すごく大変でした……その際にご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。

 毎週のようにやってたオフ会(それをオフ会と言うのかはわからない)や、ぐだぐだのネトラジも楽しかったなぁ。

 思い出話になってしまいましたが、日付が変わりそうなのでまとめに入ります。
なぜこれを書こうかと思ったのかというと、ネギま!の3-Aの生徒たちは、大半が昭和生まれで、早生まれの子が平成生まれなのです。
キクチツトムさんがそういうネタイラストを当時描いていたなとなぜかずっと覚えていて、今こそ触れる時かなって。
新時代の漫画が一時代前の作品になるのを、いちファンとして見届けようと思います。

 それでは、また令和で。

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魔法先生ネギま!復活特別読み切り感想 

 酔ってます。
以下ネタバレです。















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日めくりネギま!名迷言 43 

せっちゃんが 何があっても守る言うたんや
 必ず せっちゃんが助けてくれるて

(43時間目、近衛木乃香)

 刹那と心が通い合ったと確信したこのかが、ちびネギに伝えた一言。
中学でずっと抱えていた不安が解消し、窮地ながら幸せな気分になっていたのが伝わってきます。
この語、刹那がこのかをかばって大弓に射られ、無我夢中のこのかは刹那を完全治癒させる。
治癒術師として覚醒した節目になりました。

日めくりネギま!名迷言 42 

次は‥負けへんで――
(42時間目、犬上小太郎)

 敗れても前向きな小太郎。
割と気持ちのいい奴で、謎のタフさもあいまって、UQ HOLDER!の刀太とダブって見える。
今回の刺客は、コタローのほかにフェイトや月詠もいて、今回限りの千草さんがリーダーっぽいのがちょっと面白い。
千草さんも本当は強かったんだろうか。

日めくりネギま!名迷言 41 

あ あの―― 小太郎クン
 ごめんね―――

(41時間目、宮崎のどか)

 年上の余裕。
コタローの馬鹿正直さにつけ込んで閉鎖空間を脱出します。
女って怖いと思いました>_<
最後まで女性を攻撃しなかったコタローは偉いと思います。