どちらかが彼女を殺した 

 ごめんなさい。
以前に「新参者」も読んでいました。
ドラマになったのを聞いて、読みたくなったのでした。
ドラマは見てないですが。
とはいえ、加賀刑事が阿部寛で脳内変換されるのは避けられなくなったわけで。

 さて、今回は「どちらかが彼女を殺した」です。
講談社ノベルス版を今まさに読み終わったところです。
鉄は熱いうちに打った方が良いのです。
一応ネタバレ改行です。

















 まずはあらすじから。

OLである和泉園子は、ある日路上で絵を売っていた佃潤一と恋に落ちる。しかし親友である弓場佳代子に潤一を紹介して数ヶ月が経ったある晩、潤一から別れを切り出される。潤一が佳代子に心変わりしたのが原因と知り、園子は深く絶望する。それから数日後、園子の兄康正は遺体となった妹を発見する。巧妙に自殺を偽装されていたものの肉親としての直感から他殺であると看破した康正は、自らの手で犯人に裁きを下すことを決意する。やがて潤一と佳代子に辿り着いた康正は確信する。潤一と佳代子、どちらかが彼女を殺した。(Wikipedia


 この作品の特徴は、真犯人の名前が明示されていない点にあります。
まさに、どちらかが彼女を殺したのです。
とはいえ、犯人を特定するための手掛かりは本文に出ているわけで。
つまり、読者にも推理することを強いている。
斬新だと思います。
必要な材料は出揃っているので、アンフェアでもなさそうです。
私は当然、どちらがやったかわかりませんでした。

 で、ネットで検索して(多分)正解を知ったのですが、感想は、ラストに康正が言った「どちらかが彼女を殺した――それさえわかっていれば充分だったのかもしれない」に尽きます。
しかし、そういうことではないですよね。
こういう性質の作品を作ろうと逆算すると、こんな展開になるんだな、と感動しました。
よくもまあこんなことを考えつくものだと。
不遇の時期だからこそ、こんな冒険ができたのか。

 おそらくプロットありきで作られている話なので、康正のキャラクターがぶっ飛んでます。
というか破綻してます。
でも、プロットありきなので、それは大した問題ではないということです。
園子と出会った時の潤一と、その後の彼の印象もやばいぐらい違いますが、それも大した問題ではないのです。

 この作品を読んで、はじめの一歩の鴨川会長の「努力したものが全て報われるとは限らん。しかし 成功した者は皆すべからく努力しておる」という言葉を思い出したのでした。
もちろん、作者の東野圭吾に対して。
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