傘(の意味)がない 

 『げんしけん』と『四年生』『五年生』(いずれも木尾士目作品)に共通する面白さは何なのだろうとずっと疑問に思っていたのですが、自分より上の世代の人が『げんしけん』にある種の同属嫌悪を抱いてしまっていることを知って、何となくわかりました。
いずれの作品も、各作品と自分が共通して持つネガティブな部分を刺激してマゾヒスティックに楽しむものなのだと。
偶然『げんしけん』が別の色々な要素でツボに入りまくったというだけで、底通しているものはやっぱり一緒なんだなぁ、と。

 起きたのが午後0時30分。
授業は3限からなので、ギリギリの時間です。
いそいそと準備をして外に出るなり、ポツポツと雨が降ってきました。
自転車通学なので出来れば避けたかったですが、傘をさしていざ通学といったところで、雨は急激にその勢いを増しました。
半端な雨量ではありません。
それはもう、スコールと見紛うほど。
傘ではどうしようもなく、たまらず近くのコンビニに避難。
10分後、先程までの光景が嘘だったかの様に空は晴れ渡り、酷く蒸し暑い空気の中で私は必死に自転車をこぎ、そして、遅刻しました。
その時の雨を除いてこの日はずっと晴れていたため、傘は全く意味を成さなかったのでした。

 珍しく講義中はずっと起きてました。
来週提出のレポート、どうしようか……。
帰りにファミレスに寄って読書で時間を潰してから、夕紀ちゃんのネトラジに出演してきました。
どうもネトラジになると喋りすぎてしまうね……。

 午後11時頃に帰ってきてからは、アニメを見たりネットをしたり日記を書いたりで、今に至ります。
HPで絶対に面白いコンテンツを考え付いたはいいものの、いかんせん制作する時間と余裕は微塵もない。
酷いジレンマです。



ジーコの「テレビ局がそれを望んでいる以上仕方がない」発言の意味は?

試合直後のインタビューでジーコは確かに「テレビ局の制約もあって、2試合連続で暑い時間帯に試合することになってしまった以下略」みたいな言い訳をしていて(しっかり通訳もされた)、私はテレビ側がどう反応するのかが非常に楽しみだったのですが、その後、テレビはその言い訳について一切触れず(酷い言い訳なのに、誰も批判しない)に、あまつさえ以降に放送されたインタビュー素材では、その部分は通訳されないで流されていたそうです。
あまりの大胆さに感動。
ジーコの言い訳の不甲斐なさを批判する向きも当然あるでしょうが、メディアの勉強をしている身としては、テレビ局側(スポンサー側)のこの対応に、寒気を感じました。
今後いずれかのマスメディアが、この方面からの糾弾を行ってくれないものかと期待してます。
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